活版の「美しい日本の私 その序説」講談社現代新書

活版「美しい日本の私 その序説」講談社現代新書01

どんなに多忙な時でも、というか、多忙な時にこそ、開きたくなる本というのがあって、この川端康成の「美しい日本の私 その序説」もそうした本の一つである。

活版「美しい日本の私 その序説」講談社現代新書02

内容の素晴らしさについては、今さら敢えて私が触れるまでもない。
「美しい日本の私」は、書籍としての出版を意図して書かれたものではなくて、日本人初のノーベル文学賞を受賞した川端康成が、昭和43(1968)年12月に、スウェーデンアカデミーで行った受賞記念講演の内容を書籍化したものである。

活版「美しい日本の私 その序説」講談社現代新書03

道元禅師の「春は花夏ほととぎす秋は月」でいきなり始めるところが川端康成の物凄さだ。
話題の「大先生」又吉は別に読まなくていいが、川端康成や三島由紀夫は読んだ方が良い。

それはともかく、私がこの講談社現代新書で出版された「美しい日本の私」をこよなく愛する理由は、その内容だけではなく、活版で印刷された版であるからだ。

現在の印刷の主流は圧倒的にオフセット印刷であり、活字を組んで版を作る活版印刷は、現在の我が国では既に風前の灯である。
私の知人にも活版印刷の味わい、美しさを訴えて地方で細々と活動しているデザイナーがいるが、それでも名刺や書籍の表紙カバー、せいぜい小冊子までが限界で、書籍一冊丸ごとを活版印刷することは、おそらく不可能な状況だ。
だから今、書店で新品として売られている「美しい日本の私」は、まず間違いなく活版ではなくて「オフセット印刷」であろう。

活版「美しい日本の私 その序説」講談社現代新書04

このブログで書くのは初めての話かもしれないが、私はある種の「本中毒」で、それも「本の虫」というわけではなく、単純に「本(書籍)が好き」というタイプだ。
本の装幀、質感、紙質、活字、インクの匂いが好き、というタイプである。
私にとって、その本が活版印刷か、オフセット印刷かは結構、大問題なのである。
だから過去に出版された本で、その本(内容)が好きならば、出来る限り活版印刷で刷られた本が欲しいのだ。

今回紹介した講談社現代新書の「美しい日本の私 その序説」は2002年の第51刷で、その時点でまだ活版で印刷したという事実に驚く。

ちなみに「美しい日本の私 その序説」を一度でも読んだことのある人は、その内容があまりに短いことに驚くだろう。
当たり前のこと。
これはノーベル文学賞受賞記念の講演内容なのだ。
外国人ばかりを前にして、そんな長話をするはずがない。
だいたいそんな長話をされたら、同時通訳する人が音を上げてしまう。
だからこの新書も、川端康成による文章だけではペラペラの本になってしまい背表紙のタイトルも読めなくなってしまうので、エドワード・G・サイデンステッカーによる英訳を収録し、厚さを倍増させているが、それ以上に本の厚みが感じられるのは、新書の割に厚い紙を使用しているからなのだ。
この紙の厚みと質感に、また活版印刷が活きているのである。
上の画像などを見ていただくと分かるが、活版による印刷は、時にページによってインクの濃さが随分と違い、インクの滲み、かすれ、紙裏に写る活字の跡など、活版書籍好きには、もう堪らないのだ。

未読の方は是非とも一読をおすすめするが、出来れば、古本屋を巡って、活版で印刷された旧版を探されるのも楽しいかと思う。

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『「正義」の嘘』、おススメです!

「正義」の嘘

このところあまりにも仕事が多忙になり、このブログ更新もそうだが、なかなか読書に充てる時間も無かった。
が、このGWに暦通りの四日間はなんとか休みを取ることが出来たため、以前から読もうと思っていた本をようやく手に取ったのだ。

その中でも特にこの『「正義」の嘘』は、おススメである。
この数年間で読んだ対談本の中でも、出色の出来と思う。

どの章も必読だが、特に花田紀凱氏と西尾幹二氏との対談『第3章「けちな正義」の暴走』は、出来る限り多くの方に読んでいただきたいと思う。
なぜか我が国が「見本」にしなければいけないような風潮がいまだに残っている「ドイツ」に対して、まさに「目からウロコ」の事実を知らされる。
産経以外ではあまり報道もされていない様子の、ギリシャやイタリアがドイツに対して戦時被害の国家賠償を求めている件や、メルケル首相来日時の、民主党の岡田“イオン”克也代表に日本と南朝鮮との関係について「言った、言わない」云々の事件、そして原発についてもフランスの原発に依存しながらドイツ国内で反原発を謳って見せる二枚舌など、様々な面で胡散臭いドイツの本性は、この対談の内容を読んでいれば、「まあ、あのドイツだからそんなもんだろう」と納得がいく。


櫻井よしこさんも花田紀凱氏も、現在の保守論壇で大活躍されているお二人。
心強い限りである。

私は以前、櫻井よしこさんの講演会に行って拝聴させていただいたことがあるのだが、内容・主張の素晴しさは勿論の事、1時間もの講演の間、一度も原稿を見ることなく、観衆を見て最後までやり遂げるその圧倒的な才能に感服してしまったことを思い出す。

名著「ひこうぐも」で撃墜王・小林照彦少佐を悼む

「ひこうぐも」文庫版

軍関係の多くの良書を世に出してくれている光人社の書籍の中で、この「ひこうぐも」は著者が軍人や軍関連の専門家ではないという異色な本でありながら、紛うかたなき名著であり、文庫としてはかなりの頁数(600頁超)ではあるが、ぜひ多くの人に読んでいただきたい珠玉の傑作である。

ちなみに上の画像は現在でも販売されている光人社NF文庫版だが、私は昭和45年5月25日に単行本として養神書院から出た時の初版も持っていたりする。それほど大好きな本なのだ。

「ひこうぐも」初版本

大東亜戦争において、帝都防空の要となった我が帝國陸軍飛行第244戦隊の小林照彦隊長の奥様・小林千恵子さんによって書かれた本書の素晴らしさは、何よりその描写の豊かさだ。

第244戦隊の小林照彦隊長と言えば、B29相手の撃墜王として名を馳せ、今でも憧憬を持って語られるほどの至高の存在である。
三式戦闘機「飛燕」を縦横無尽に操り、無敵と思われた巨体のB29へ体当たりするかの如くの攻撃を繰り返した小林隊長の普段の姿が、時に絶妙なユーモアを交えて描かれ、奥様の感情の起伏の激しさと相俟って(?)読む者をぐいぐいと引き込んでいく。
戦地の小林隊長に会いに行くため、日本から朝鮮半島を経由して支那への旅をする道中では、朝鮮人や支那人の本質を的確に表現されていたりして、なるほどと頷いたりもする。
軍人、特に航空機パイロットという職に就いている人々の、緊張感に満ちた日々の合間に窺える、実に人間味豊かで優しい愛情に満ちた夫、あるいは父親としての日常の姿とのギャップは、例えば特攻隊で散った多くの若い航空兵を描いた幾つもの本の中にも出てくる要素であるけれど、その描写の生き生きとした筆致において本書の右に出るものはないと思う。

ちなみに三式戦闘機「飛燕」に搭乗する小林照彦隊長の雄姿は、2004年に出版された写真集「飛燕戦闘機隊」でも目にすることが出来る。

「飛燕戦闘機隊」01

撃墜王、小林隊長の凛々しい姿。

「飛燕戦闘機隊」02

「飛燕戦闘機隊」03

左が小林隊長である。
この「飛燕戦闘機隊」には、実に丁寧に着色された飛燕の写真が掲載されていることで私は狂喜して入手した。

「飛燕戦闘機隊」04

メジャーな本ではないので、関心のある方は絶版になる前に購入することをお勧めする。

この小林照彦陸軍少佐が殉職されたのが、昭和32年6月4日だった。
この記事も本当は6月4日にアップすべきだったが、個人的な事情で昨日まで身体を空けることが出来ず、本日のアップとなってしまった。

結末を知っている者は、本書「ひこうぐも」の後半は胸を締め付けられるだろう。
奥様が日々抱く不安は実にリアルなものだ。

B29の撃墜王として名を馳せた小林隊長が亡くなられたのは、戦後、難産の末にようやく我が国に生まれた航空自衛隊のパイロットとしてT-33を操縦されている時の墜落事故であった。
市街地への墜落を避けるため最後まで離脱せず機を操縦し続けた末での殉職であった。

T-33での事故と言えば、1999(平成11)年11月22日の入間河川敷への墜落事故を思い出される方も多いと思う。
あの事故の際にも、中川尋史二等空佐・門屋義廣三等空佐(階級は事故当時。後に1階級特別昇任)のお二人は、事故の被害を最小限に食い止める為に、小林照彦隊長同様、限界を超えてまで操縦桿を握り続け、安全な脱出に失敗されて惜しくも殉職された。

我が国の防衛の任に当たっている自衛官の方々は、敵機との戦闘だけでなく、常に事故とも隣り合わせの状況で日々任務をされているのだ。
そして、その自衛官の方々を支える家族の方の心情にも思いを馳せる。
いかに日々、不安を抱えておられるだろうかと。

このことを思う時、我が国の平和と安全は、こうした自衛官の方々が命を賭して守ってくれているからこそなのだと改めて痛感するのだ。

国産ジーンズの歴史について。「日本ジーンズ物語」

「日本ジーンズ物語」

カテゴリとしてはビジネス書になる本書だが、我が日本で作られるジーンズが世界に名だたるブランドへと成長していく過程を、当事者への丹念な取材によって記録した内容は読み物としても非常に面白い。

現在でも日本製にこだわった「DENIM CRAFT」などの良質なブランドを展開している株式会社ビッグジョン(BIG JOHN)の母体である「マルオ被服」の創業者・尾﨑小太郎氏とその部下であった大島年雄氏と柏野静夫氏。
この三人が日本のジーンズ作りのパイオニアであることはよく知られた話ではあるが、学生服を作っていたマルオ被服が国産ジーンズ製造を手掛けることになるエピソード等には本当に引き込まれる。

現在でも日本製ジーンズの聖地はビックジョンの本社がある岡山県倉敷市児島である。
ジーンズ好きの人にはつとに有名なこの「児島」という町は、実は驚くほどローカルな町であって、なぜこの児島という小さな町で世界に羽ばたく日本製ジーンズが生まれ、育ったのか。本書ではその歴史的、地理的背景にまで踏み込んで詳細に考察されている。
普段ビジネス書など読まないという方にもおススメだ。

本書を読むとジーンズやカメラなど、元々は欧米で生まれたモノが、日本のメーカーで作られるようになると、どうして本家本元を遥かに凌駕するようになっていくのか、その本質が垣間見える。

努力の質が根本的に違うのだ。
作り手側の個人個人が商売を抜きにして、何よりそのモノを愛しており、徹底したこだわりを持っていて妥協の無いものづくりをすることと、それを具現化する企業側の度量があること。
更に、その「こだわり」を評価し応援する購買層が国内にしっかりとあること。
だから、我が日本で作り出されるものは魅力的なのだ。

本書ではジーンズそのものの歴史を詳述する中で、リーバイ・ストラウス社の商標登録戦略にも触れられているのだが、そこで思い出されるのが、2000年に入ってから頻発したリーバイスによる日本のジーンズメーカーへの訴訟ラッシュの件である。
前回紹介した「サムライジーンズ」もその標的にされたし、エドウィンからフルカウント、エヴィスなども巻き込まれたかと記憶している。
あの一連の流れでリーバイスを心底嫌いになった人も多かろう。
あれは誰の目にも明らかな「嫌がらせ」「言いがかり」であって、欧米人の本質を物語った出来事だった。
日本人が自分たちには到底作れないレベルのものを続々と作り出すようになると、訴訟によって潰しにかかるといういつものパターンである。

リーバイスは、本質を見失った営利的ものづくりに傾いた結果、愛好家からそっぽを向かれたのだ。
その事実に目をつぶり、到底追いつけないレベルに進んでしまった日本の小規模なブランドを標的にして潰そうとするその姿勢は実に哀れなものであった。

設計の職に就く者の座右の書として。「零戦」堀越二郎著

「零戦 その誕生と栄光の記録」堀越二郎著 光文社版

私の本業が「設計」であることは以前ここでも書いた。

日本人で、設計の職にある者ならば一度は読んで欲しい名著が堀越二郎著の「零戦 その誕生と栄光の記録」である。

堀越二郎氏は言うまでもなく三菱重工で零戦・・・三菱零式艦上戦闘機の設計主任を務めた、我が国が誇る超々有名設計士だ。

零式艦上戦闘機だけでなく、九六式艦上戦闘機、局地戦闘機「雷電」、十七試艦上戦闘機「烈風」など、日本海軍が誇る名機の数々の設計に携わっていた氏であるが、これほどの本まで書けてしまうのだ。
その筆致の巧みさは尋常ではない。
光景の描写の的確さ、冗長なところの一切ない文体は、本業が設計士とはとても思えない。

概してある分野の大家と言われる先生が書いた本は、書かれている内容の価値はともかく、本としては面白味に欠けるものが少なくないが、本書は単純に本としても面白い。

私のように中小零細企業で設計をやってる者としては、チームを組んで設計をするというのがこういうことなのかとまるで手に取るように分かるし、当時としては到底実現不可能と思えるような海軍の無理難題に対して日々苦悶しながらも逃げることなく前例のない技術の開発に挑んでいく当時の三菱の技術者たちの熱い想いがひしひしと伝わってくる。
設計・技術側の熱さだけではない。
横須賀海軍航空廠で開かれた計画審議会で、後に「零式」と制式名を与えられることになる新型艦上戦闘機に求める性能において「航続力」「速度」「格闘力」の順序をどのように捉えているのか、と質問を繰り出した堀越氏に対して、源田実少佐と柴田武雄少佐が激しく議論を交わす場面など、命をかけて戦闘機に乗っている側からの言葉や態度にも美しき日本人の武士然とした熱き誠実さが満ち満ちているのだ。

本書を読んで、驚くと同時に実に羨ましく思うのは、三菱重工の軍用機開発にあたっていた堀越氏のチームの課長・服部譲次氏をはじめとして、上に立つ者の人格が実に素晴らしいことだ。
若い有能な者を社運はおろか国運を左右するほどの重要なプロジェクトに登用すること。そしてその力を発揮出来るような環境作り。窮状に陥った際の言葉のかけ方ひとつにしても、ため息が出るほどの心配りであるが、仕事に対する甘さは微塵もない。
こういう環境と才能と努力の結晶が「零戦」という、単発低翼単葉型レシプロ機の中で史上最高に美しいあの機体を持った傑作を生んだのである。

実は本書を読むまで、私も零戦にまつわるあの俗説・・・「航続距離、スピード、格闘性能では当時世界に比肩するものがなかった零戦だが、決定的に欠けていたのは防御性能だった。操縦士の命を守るための防弾対策が一切とられていなかった。これは如何に当時の日本が人命を軽視していたかという証左である」云々を信じ込まされていた。
だが、本書で堀越氏がこの俗説が如何に見当違いな妄言であるのかを、「腕を磨きに磨いた剣士が、軽快ないでたちで動き回り、よろい、かぶとに身をかためた多くの敵をなぎたおしてゆく、寡をもって衆をたおす剣法」に例えて明快に論破しているので、設計に縁のない方でも、ぜひこの部分だけでも読んでもらいたい。

零戦はまさに「戦闘機」なのである。
空戦によって敵機を撃墜するために、たとえ100グラムでも軽くしようと苦心に苦心を重ねて生み出された機体なのである。
命をかけた戦闘の場面で、被弾した時に操縦士の命を守る安全性も戦闘能力のひとつだろうが、敵から被弾されないほどに軽快に動き回り、相手よりも先に背後に回って撃墜する事が出来るよう究極に機体を軽くすることもまさにこの上ない戦闘能力であり、これが同時に操縦士の命を守る究極の安全策でもあるのだ。

零戦が生まれた当時のエンジンの馬力、使用出来た素材の比重、加工技術、これらの背景も考えず、防弾板が装着されているかどうかをもって、「軍国日本は人名軽視の非人道国。それに比べて米国はパイロットの人命を何よりも大切にしていた。これが最終的には勝敗を分けたのだ」などと物知り顔で言う連中の軽薄な頭の程度を知るためにも、是非、多くの人に読んでいただきたい。

しばらく絶版状態だった本書だが、来月12月に角川書店から新たに文庫版が復刊されるらしい。
これも嬉しいニュースである。

ちなみに、堀越二郎氏には奥宮正武氏との共著で同タイトルの「零戦」という著書があるが、別の本なのでご注意を。
本書は「零戦」に「その誕生と栄光の記録」という副題がつく方だ。

プロフィール

田ノ坂 斗人

Author:田ノ坂 斗人
美シキ日本ノ生活ノ為ニ

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