A判全盛の今、敢えてB判の復権を叫んでみる(2)

前回「A判全盛の今、敢えてB判の復権を叫んでみる」(1)からずいぶん時間が経ってしまった。

前回はA4判に対応して以前より一回り大きくなったランドセルが、子供が背負うカバンとしてバランスが悪く気に入らないという話を書いたが、今回は人間の生活の中で使われるモノの大きさとしてA判よりもB判の方がバランスが優れているという実例のひとつとして、大人が持つカバン、それも「ビジネスブリーフバッグの定番はほぼ40×30cmであること」について、例を挙げたいと思う。

現在、世の中に流通している男性用のビジネスブリーフバッグの中で圧倒的主流のサイズが横幅約40cm、高さ約30cmという縦横寸法になっているという事をご存知だろうか。

私は職業上、普段スーツを着ていないので、後で実例として画像を挙げる私のバッグのデザインがカジュアル傾向に偏っていると思われるかもしれない。
そこで、まずは手近な資料の中で「POTER」等で有名な日本製カバンメーカー「吉田カバン」の製品を紹介している雑誌の中から、ブリーフバッグのシリーズの一部を抽出してみよう。
すると・・・

吉田カバンの例・その1
吉田カバンの例・その1アップ

見事なくらいに約40×30cmに揃っており、PC収納あたりを考慮したモデルを見れば

吉田カバンの例・その2

なおさら、このサイズが主流である事が分かる。
超・有名な大ヒットロングセラーシリーズの「TANKER」シリーズだって

吉田カバンの例・その3

上記のようにブリーフバッグはやはり約40×30cmとなる。

印刷物の資料だけでなく、実物でも確認、というわけで、身近に実物があるブリーフバッグで確認してみよう。
ひとつは幅40×高さ29cmで、B4判用紙をあててみると、まさにジャストサイズ。

HJ-1006・B4

これらのサイズのバッグにA4判用紙を当てて見れば

HJ-1006・A4

これほどの余裕がある。
一見して分かるように、この約40×30cmというビジネスブリーフバッグのサイズは、そもそもA4判収納を考慮して設計された大きさではないのだ。
あくまでもB4判対応ということになる(ただし「B4ファイルサイズ」ではない)。

ちなみにもうひとつのバッグも実測すると40.5×29cmだった。

HJ-7003・B4
HJ-7003・A4

結論を先に言ってしまえば、実はこれらのバッグにもバリエーションとして一回り小さなサイズのブリーフバッグも用意されているのだ。
それらの大きさは約35×25cmくらいで、これらを一般的に「ブリーフバッグS」と呼んだりする。
これがほぼA4サイズ対応のビジネスブリーフバッグであり、今回採り上げている約40×30cmは「ブリーフバッグM」、これより一回り大きなものは約44×33cmくらいで「ブリーフバッグL」と言う。

つまり多くのバッグメーカーが実際にはそれなりにいくつかのサイズを用意しているのにも関わらず、多くのビジネスマンが使っているブリーフバッグはMサイズに該当する約40×30cmなのである。

つまり問題はここにあって、現在、仕事の上で必要な書類一般が全てA4サイズとされてしまったにも関わらず、多くのビジネスマンは自分のバッグを購入する際には、なぜかB4判対応の「ブリーフバッグM」を選んでしまうのだ。

その理由は店舗で実物を見れば実感出来る。
この「ブリーフバッグM」が大きさとして最もバランス良く見えるし、使い勝手も良さそうなのである。
当然ながらA4サイズがファイルでも入り、その横にペットボトルや折り畳み傘が縦に挿し込める余裕のある大きさであるということもあるだろう。
だがA4判収納前提で設計された「ブリーフバッグS」は、何となく小さくて、言っちゃ悪いが「私、仕事を本気でやってません」的なスカした軽薄な感じが漂ってしまうのだ。
さらに「ブリーフバッグL」は大きすぎ、普段から毎日通勤や仕事で持って歩くには何となく適さない感じがするし、これも言っちゃ悪いが「どこか出張にでも行くんですか?」と聞かれそうな感じさえするのである。

以上、勝手な事を今回も書いてしまった。

職種によっては出張でなくても「ブリーフバッグL」の大きさが日常的に必須な人もいるだろうし、「ブリーフバッグS」をおしゃれのポリシーとして持って仕事をしている人もいるだろう。
別にそういう人を、スカした野郎だと思わせる風潮を流布しようとたくらんでいるわけではない。

訴えたいことはただひとつ、
やっぱり日本で生まれ独自に発展・普及してきた歴史のあるB判の方が、大きさとして我々には馴染むし、B5判もB4判もモノとして実際にとても良い大きさだと言うことなのだ。
(ちなみに今回紹介したビジネスブリーフバッグの例は、全て「日本製」です)

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A判全盛の今、あえてB判の復権を叫んでみる(1)

最初に断っておくが、私は「イオングループ」嫌いである。
ジャスコをはじめ、イオングループの店舗では買物をしないことを徹底しているが、この8月に、やたらとイオングループがランドセルの広告を打って出ているのをみて、「ああそうだ、あの話を是非これに関連させて書いておこう」と思った次第。

A4サイズ対応のランドセルを背負わされる子供の悲劇

私は以前からずっとA4というサイズが汎用化されることに大きな疑問を感じている。
結論から言うと、我が日本では汎用サイズはB5にすべきで、よってさまざまな用紙のサイズはB判を標準とすべきなのだ。

今、世の中を見回すとA4サイズだらけである。
FAXはA4、コンピュータで出力する文書はA4。雑誌もやたらとA4サイズが多くなった。
そういえば公文書がA4に統一されたのがいつ頃だったか、とググってみて、「ああ、そのあたりだったか」と思ったが、1992年(平成4年)11月30日の各省庁事務連絡会議申し合わせで「行政文書の用紙規格のA判化に係る実施方針について」が持ち出され、それに基づきなんと翌年の1993年(平成5年)4月から各省庁で公文書のA4判化の導入が順次実施されはじめた、とのこと。びっくりするほどのスピード決定・即実施だ。
このあたりの経緯は、おそらくワープロ、コンピュータの普及の時期と重なっており、それと時期を同じくして公文書の横書き化が実施されたことに関連していることは間違いない。
が、なぜA4を標準とするのか、という議論が沸き起こったという記憶もないので、なんだかなし崩し的に、知らぬ間に真剣な検討も行わず進められたのだろう。

だが、少し前を思い出して欲しい。
大学ノートはB5だった。
単にあのサイズで慣れ親しんだから、B5が好きなのかとも自分で思ってみる。いや、そうではない。
やはり1枚の用紙のサイズとして、A4は微妙に、無駄に、でかいのである。
「大きいことは良いことだ」みたいな安易な風潮にすぐに疑問を抱きたくなるのは私の性格の曲がり具合の加減かも知れない。
何しろ新聞や文庫本の活字のサイズが大きくなって何となく嫌な気分がしたくらいだ。今でも昔の文庫本の活字のサイズの方がしっくり来る。
話がそれたが、それはともかく、やはりA4はちょっと無駄に大きい。
公務員給与を下げれば民間の給与水準が下がり、デフレが加速するのと同様に、公文書がA4になれば、民間で作成される文書は全てA4になってくる。
これは必然の流れだ。
用紙がA4になれば、ファイルもそれに合わせて大きくなる。
今までB5サイズに合わせて作られていたカバンまでサイズが合わなくなる。
これを新規買換え需要の契機に、と目論んだ業界も多かろう。
確かにそんな話を当時、耳にした。

そして、今では学校の教科書にA4サイズのものも登場し、学校で配るプリントがA4ならば当然、ランドセルもそれに対応せざるを得なくなる。
だが、私は一回り大きくなったランドセルはバランスが悪く、美しくないと思う。
あのランドセルを背負わされる一年生が、何となく気の毒に思える。
小さな子供がA4サイズのノートを持っているのも、何となく気に入らない。

と、主観ばかりでA4批判を繰り返しているようだが、私がA4をはじめとする「A判」が嫌いな最大の理由は、それが外国で生まれた規格サイズであり、メートル法を背景にした「人間の生活とは全く無縁の計算値から導き出されたサイズ」に過ぎないのに対し、一方、「B判」は、それが江戸時代の公文書用紙として採用されていた美濃和紙のサイズを基に、日本の生活の中で独自に発展した規格サイズであるからだ。

つまり、今の日本がA4サイズ(A判)をありとあらゆる場面で標準としたこと。
それは良くある「国際化」という名の下に行われている欧米からの押し付け、あるいは無批判な迎合パターンの一つなのである。

だが紙というものは、今の人間の生活の中のあらゆる場面で欠かせないものだ。
その寸法は生活の中のあらゆる場面での基準となり、生活で使われるさまざまな道具の大きさに対して、常に制約となる。
それを、メートル法を基にした単なる数値で割り出されたものにしていいのか、という問題なのだ。
現実としてB判を基に設計されたモノの方が人間にとってバランスがよく、使い勝手が良いのである。
このB判の復権については、まだまだ実例を挙げて語りたいので、またいつかの機会に続けたい。

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田ノ坂 斗人

Author:田ノ坂 斗人
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