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母に仕立ててもらったシャツ

母が作ったシャツ その1

私の母は元々プロの針子だった。

注文主の体に合わせて仕立てる洋服(「オートクチュール」と業界ではフランス語で言う)の針子である。
デザイン画で詰め、注文主の身体の採寸をし、型紙を作り、生地やボタンなどの副資材を選び、一着の服に仕立てていく。
母は自身の仕事部屋で、毎日、夜遅くまでミシンを踏んでいた。
子供の頃からずっとそんな母の姿を見て育ったから、この業界の移り変わりを人一倍感じているのかも知れない。
オートクチュールが「プレタポルテ」と呼ばれる既製服にとって替わられて行くにつれ、母の仕事は激減し、そして、もう30年も前に仕事で服を縫うことを辞めてしまった。

母が現役の頃、私がよく聞かされた言葉に「既製服の感覚に慣らされてしまった人には注文服の世界の常識が通じない」と言った言葉がある。
既製服は工場である程度、分業体制で作られていく(一部、内職の工程もあったりする)。
「平均的な」体系を想定したS、M、L(女性服の場合は9号、11号など)といったパターン(型紙)のみに絞って、効率を考えて作られるのだから、当然のこと、ある人のために一着だけをゼロから作る注文服とはコストが全く違う。そのかわり「程々に身体にあってさえいればよい」という感覚が既製服で、これは注文服の世界の者からすれば「非常識」であるけれど、それが圧倒的多数の世の中になれば「身体に程々に合っているというだけの服」を着ていても、さして恥ずかしいことでもなくなり、更には「ピタッとしている服よりダブッとした感じの服の方がおしゃれ」なんてことになったりする。
母はこういう感覚が注文服の職人として許せないらしい。
もちろんデザイン的にゆったりと見せる服もあるが、その場合でも袖の取り付け位置や袖丈などが着ている人と合っていなかったり、柄物の矧ぎ目で柄がずれていたり、柄なしの生地でも目が合っていなかったりすることに対する評価が非常に厳しい。
もっともそれは母だけでなく、日本の縫製に携わる職人全体のレベルの高さでもあるのだ。

だが既製服が世の中の主流になってくると、発注元からの要求も「細かいところは程々で良いから、その分、縫製単価を下げてくれ」とか「納期を従来の2/3で」などと言われるようになってくる。

発注元だけではない。
洋服を注文する顧客自身に「工賃」というものに理解のある人が少なくなった。

例として、生地を持ち込みして服にする場合、そこにどれほど「工賃」がかかるのかを理解出来ない客が多くなったのだ。

前述したように服を作るのは「縫う」という作業だけではない。
採寸して型紙「パターン」を作る専門職の人がいる場合もあるし、オートクチュールの場合は、縫う針子本人が型紙を作る場合もあるが、こういうことにかかる時間なども含めた工賃の相場が良くわからない人が多くなったということだ。

母は百貨店やブティックなどと契約しての仕事を辞めた後、しばらく一人で仕事を取って服を縫っていたが、こういった風潮に嫌気がさしたこともあったのだろう、あるときから知り合いの人の服を縫うことしかしなくなった。

丁度そんな頃に、私も年齢的に身長や体型が変わらなくなったこともあって、母は気が向いた時には私のシャツを縫ってくれるようになったのであった。

そうしてなんだかんだと母の縫ったシャツも次第に枚数が増えていったのである。
一時期たいした理由があるわけでもなく、私はこうしたボタン付のシャツ自体を全く着ず、夏はTシャツ、春秋も長袖Tシャツやらトレーナー、冬はその上にフリースやらニット系しか着ないという時期があったのだけれども、またある時期から母のシャツを頻繁に着るようになった。

理由は「出来る限り日本製の服だけを着よう」と心に決めたからである。

母は一時期、古い和服の生地をシャツに再生するといったテーマに凝った時期があって、その頃に仕立てたものを見ると、本来は和装の柄が、違和感なくシャツにリフォームされており、ネット上で親の事を褒めるのもなんであるが、これがなかなかいいのだ。

母が仕立てたシャツ その2 和服のリフォーム例

しかし考えてみれば、私の子供の頃、多くの家にはミシンがあって、子供の服は親が縫っている、といった光景は全く珍しいものではなかったのだ。

今、現在はどうなのだろうと考える。
子供が持っていく手提げや雑巾を縫う、といったことはするのだろうが、服まで親が縫っているという話はもうなかなかないだろう。

もちろん、かつて親達が子供の服を縫った理由は経済的な理由の方が大きかったに違いない。
昔は子供の既成服などそうそう売っていなかっただろうし、それなりに高かった。
頻繁に兄弟姉妹間や近所の子供達の間で「おさがり」が行われていて、それが当たり前だった。

今は「買った方が安い」から、自分で縫うなんてことはしないのだろう。
それを否定したりするつもりは全くない。

だが「日本のものづくり」といった観点で考える時、こうした母親たちの裁縫の技術が果たしたことの大きさを痛感するのである。
私の母に限らず、裁縫の技術を持った女性はむしろ大多数だった。
日常生活の中で必要なレベルの裁縫は当然の事のように女子の嗜みとされていたし、家庭にミシンがあって、仕事として縫製に携わっていた女性も、私の友人の母親や近所にも沢山いた。

彼女達のこうした技術が、多くの場面で、パートであったり「内職」といった形で日本の繊維・服飾関連業界の下支えとなっていた側面は無視出来ないし、事実非常に大きかったのである。

母が仕事として服を縫うことを辞めた原因のひとつでもある「工賃」に対する認識の欠如も、自分が服を作る経験がない人間が増えたからこそ、なのではないか。

おそらく服を作った経験のある人ならば、シナ(CHINA)製のシャツが980円で売られているのを見れば、とてももうミシンを踏む気にはなれなくなるだろう。
母も、かつてそう言っていた。

別に支那人が日本人の10倍仕事が速いわけでもなければ、1/10しか食べずに生きていられる身体を持っているわけでもないのだ。

こういう事が、結果的には自分たちの家族や身の回りの人々のためにならないという認識を、より多くの人が持つべきなのだ。
つまり安すぎるものは異常だということ。
ものには適正な価格というものがあり、それを崩せば、正常な製造現場が維持出来なくなる。
日本国民を守るのは政府と政治の仕事である。
日本国内に於いては、特定の外国製品にはしかるべき関税をかけて、価格の均衡を保つべきだし、それが出来ないなら、そもそも輸入自体を規制すべきだろう。

しかしこのような論にはすぐに「関税によって守られている業種は、楽して生活していけるように守られている。消費者はそのせいで高い買物を強いられている」と発狂して叫びだすバカがいるが、日本の製造業で「楽して生活している」ようなところがあるか、具体的に指摘してみろと言いたい。
私自身、製造の現場に日々身を置いているが、「楽して」いられる製造現場など見た事がない。

また、ある者はヒステリックに叫ぶ。
「保護主義は国内産業を甘やかすことになり、経費のかかる国内生産にこだわることで国際的な競争力を失う原因になる」
こういう論を持ち出す輩の特徴は、経団連に加盟しているような一部の有名企業の例を持って、日本全体がそうである、という幼稚なすり替えを頻繁に行う傾向がある。
海外にものを売ることで業態を維持している企業は別に国内生産にこだわる必要はない。
具体的に言えば支那人に売るものは支那で支那人を使って作れば良いのだ。
日本人が作った高品質のものを支那人に使わせる必要など全くないではないか。
第一、気分が悪いし。

企業数で言えば、このように海外販路を維持しないとやっていけない企業の方が実は圧倒的少数なのである。
つまりこの論の裏にこそ本質があって、こういう一部企業の利益のために自由貿易をこれでもかというくらいに広げ、既に開国し過ぎるほどに開きすぎてしまっているのが現在の日本なのだ。
彼らが輸出で得る利益の代償で、異常な安値の外国製(その圧倒的多数が反日盗賊国家のシナ(CHINA)製)の物品が大量に日本になだれ込み、国内産業が大打撃を蒙ってきたのが真相なのだ。

彼らの論理の後ろ盾は「日本の消費者のため」である。
確かに消費者も日本人だろうが、日本人の中には製造・生産に携わる人もいる。
それが日本という国家なのだ。

なぜ「消費者」と「ものを売る人間」の声ばかりが大きいわりに、製造・生産に携わる日本人のことは考慮されないのか。。
なぜ彼らは自分の財布ばかりを気にして国家については想わないのだろう。

こうした流れをこれまで政治の面で下支えした確信犯の河野洋平がシナ(CHINA)で「要人」から完全に無視されたのは全くもって「お笑いぐさ」であった。
その息子は日本で反原発を叫び、日本の国力を下げて支那の歓心を買うことに腐心するといった、まさに腐れ親子ぶりをいまだ披露している。

晴れて自民党幹事長となったゲルには、まずはこうした自民党内部の腐った部分をさっさと捨てるなりなんなりして、本当の意味で「刷新」して欲しいと思うのだ。
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その通りです!

私も簡単な服をつくったことがありますが、プロが体型に合わせて作ってくれる服は、工賃のみで1万でも安いくらいだと思います。
お互いに適正な工賃、生産費を払いあうことは、お互い様です。
そうやって、日本人は平和に豊かに暮らしてきたのだと思います。
それがグローバル化で、気がついたら心も暮らしも貧しくなってしまった・・・取り返しがつかなくなる前に、日本人らしい価値観で社会をつくり直すべきだと思います。
にしても、お母様の手作りのシャツを着れるなんて・・うらやましいです^^

Re: その通りです!

sora様

あたたかいコメントをありがとうございます!
sora様のコメントを母に読ませれば
きっとまた気合を入れてミシンを踏み始めるかもしれません。
ものづくりに携わっている者は
sora様のようなご意見をいただくと、
もっとも力が出ますからね。

これからもよろしくお願いいたします。
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田ノ坂 斗人

Author:田ノ坂 斗人
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