自民党圧勝をまずは心の底から喜ぶ

2012/12/17 MSN産経クリップ01

元記事へのリンクはこちら
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http://sankei.jp.msn.com/politics/news/121217/elc12121703160068-n1.htm

以前から繰り返し表明してきたように、私は安倍晋三氏の熱烈な支持者であり、であるからこそ自民党支持であって、今回の選挙結果はこの上なく嬉しいのだ。

早速マスコミは、一斉に「決して自民党が支持されたわけではない。民主党に対しての反発がこのような形になっただけ」だと決まったように繰り返し始めた。
それならなぜ、自民以外の「第三極」に票が流れなかったのかという説明は一切ない。
自民党に票を投じた人は、休日に敢えて投票所に足を運び、何回もの受付で小選挙区、比例代表、最高裁判事国民審査、都民は都知事選の投票用紙と、これだけの投票を行っているのだ。
そして結果、自民党に票を投じた人があれほど多かったのである。
はたして本当にそんな消極的な気持ちで投票にいった人が大多数だなどと言えるのだろうか。
実に人をバカにした論評である。
要はマスコミが必死になってこれまで繰り返し続けていた「民主党はダメだが、かといって自民党もダメ」という台本の通りに、必死になってに理由付けをしたいのだろうが、言っている端から既に論理破綻しているのだから、彼らの頭脳の程度も知れたものだ。
哀れな劣化マスコミである。

前回の安倍政権・麻生政権の時の、マスコミによる悪意に満ちた異常極まるバッシングについては、その後、ネット上でも有志の方々の地道な努力と熱意によって、多くの人々に広く知られることとなり、反日マスコミのバックに付いている反日勢力への国民の反発や対抗措置も、ごく日常的に耳にし目にするようになった。

私は今回の選挙を通じ、それに至るまでの流れと昨日の結果を持って、既に多くの人々に対するマスコミの影響力は目に見えて減退していることを確信している。

これはわが日本国民が、これまでに味わってきた辛酸の根本の原因がどこにあるのかを気付き始めてきた兆候であって、非常に大きな進歩と言っていいと思う。

だが、現在でも反日マスコミの体質自体が変わったわけではない。
安倍政権が誕生することで、再び反日マスコミの醜い工作を日々目にすることになるだろう。
そのことを肝に銘じて気を引き締めていきたい。

日頃、反日マスコミの胡散臭さに常に目を光らせている人に対しては釈迦に説法だろうし、過去にも繰り返しネタにしたテーマなので、「またか」と思われる向きもあるだろうが、この選挙戦を通じて、相も変わらず繰り出された反日マスコミの世論操作の代表的なものを採り上げて、再考してみたい。

(1) 責任を一切取らない「街の声」や素人コメンテーターの垂れ流し
(2) 世襲、という空念仏
(3) 改革、維新、打破、交代、といった言葉遊びについて
(4) 原発をはじめする原子力、核技術について
(5) 「国防軍」という表現を巡って騒ぐバカ

以上の5点について。

(1) 責任を一切取らない「街の声」や素人コメンテーターの垂れ流し
朝の各局テレビ番組から始まって、いわゆる「ニュース」と呼ばれる番組が全て情報番組化して久しいが、まずは世の中の害毒の中心の一つはここにあると言っても良い。
政治経済のド素人である「みの」やら「オズラ(小倉?)」やらが番組進行を務めることからして視聴者をバカにしているが、無駄にズラズラと(註・小倉の頭髪の事ではない)素人連中を横に並べ、報道内容について台本通りの「素人の意見」を言わせて、それが「市民の率直な意見」であって、イコール「民意」であるかのように世論操作をしていくことが目的のこれらの番組は、「報道番組」などでは勿論ないし、正確に言えば「情報番組」でもない。
私も仕事上、あの枠で放送される内容についての取材を受ける事が過去に何度もあったが、あれは番組全体が「単なる広告」の延長なのである。
それも悪意のこもった反日広告なのだ。
そこではある意図を持った内容に沿って素材が集められ、編集され、流されている。
意図に沿わない素材は最初から採用されない。
「街の声」がその代表格。
詳しく突っ込んで質問すれば何も答えられないような「素人」に政治や経済について語らせる。
それは何の意味もない「感想・感覚」レベルの戯言でしかない。
本来、まともに聞く価値も公共の電波に乗せて大勢に聞かせるような価値もない発言を製作者側の都合のいい部分のみ切り取って、それが本物の「民意」であると言い募り、意図した世論操作に利用しているだけなのだ。

まあ、これは過去にもそのことについて書いた(過去記事へのリンク)が、良識ある国民の態度としてどうすれば、こういうつまらぬ番組を無くせるのか、その対策をそろそろ本気で考えたい。

(2) 世襲(批判)、という空念仏
これも既に過去に書いた(過去記事へのリンク)のだが、今回も選挙前、選挙中、開票後まで含め、まあ劣化マスコミの連中をはじめとして、「世襲」「世襲」と大合唱である。
あまりに「世襲」という語を耳にするので、中村勘三郎の話とごっちゃになって訳が分からなくなっていたが、つまり「世襲のどこが悪い」と言えばそれまでの話だ。

共産主義国家でもない限り、政治家の世襲についての批判は全くの見当はずれな戯言であって、「世襲」と言えば批判できると思っているバカの空念仏である。

過去記事と重複するが、我が国の政治の世界において、名だたる政治家を親や近親者に持って育ったという環境を持つ者は、この上なく、政治家として恵まれた環境にあると言ってよい。
我が国の一部にくすぶる「世襲」についてのマイナスイメージは間違いなくコミンテルン発の意識操作だ。
前項の「素人」のクソレベルな意見を価値のある「民意」だと言い換えるレベルと同次元である。

想像してみればよい。
国際舞台に、我が国、日本を背負って出て行く人間が、政治経済の歴史から全く離れた、そこいらのオッサン、オバサンだったら、この上ない「恥」である。
よい「世襲」はこの上ない価値なのだ。
「世襲」のどこが悪い。

(3) 改革、維新、打破、交代、といった古い言葉遊びについて
自民党が今回の選挙を通じて、テーマを「日本を、取り戻す」の一点に絞り、バカやペテン師が好んで使いたがる「改革」、「維新」、「打破」、「交代」といった言葉を前面に出さなかった点は非常に良かった。
勿論、「取り戻す」は自民党が前回の衆議院選までの政権与党であったから使える言葉なのであるけれど、前述の古びた言葉の数々が単なる戯言でしかないことを肝に銘じておきたい。

民主党代表の野田佳彦氏が選挙戦を通じて、呪文のように繰り返し繰り返し「改革の流れを止めてしまって良いんですか?」とか「古い自民党政治に逆戻りして良いんですか?」と盛んにやっていたが、そもそも民主党の「改革」とは「改悪」そのものであったことには一切触れないのだから笑える。
更に自民党の政治が、「古い」と言うが何故「古い」のかの説明は全くない。
説明も出来ないだろう。
別に古くもないのだから。

だから彼も正直に「改悪の流れを止めてしまっていいんですか?」と言えば、「今すぐ止めろ!」と聴衆は叫んだだろうし、素直に「自民党政治に逆戻りしても良いんですか?」とだけ言えば「良い! それこそが望みだ!」と聴衆も答えて、非常に活気に満ちた良い演説会になっただろう。
そうすれば、あんなに涙目にならずに済んだものを。

自分から「維新」と名乗ってしまった残念な今回選挙のための企画政党や、「未来」と名の付けた過去の政党、そして今さらでもないがどこの誰の事だかまったく不明な「みんなの」アジェンダ党など、今回名を連ねた政党のいくつかは、名付けのセンスがあまりにもなさすぎる。
「減税日本」の名を批判するくらいなら、さすがと唸らせるくらいの気の利いた政党名を付けるかと思ったら、「太陽の」も「維新の」もねぇ。
やっぱり言葉の力が落ちたのかな、と少し残念だ。
「たちあがれ日本」からの面々の中には一部を除いて本当に素晴らしい尊敬すべき先生も沢山いるのに、さらに残念なことである。
ちなみに「明治維新」の頃の志士として現在でも人気のある歴史上の偉人の面々は、自分たちがやっていることを自ら「維新」などと言ってはいない。
あれは後世の人たちが「維新」と呼んだのである。
だから、自分から「維新」と名付け名乗ってしまうというのはいかにも滑稽さばかりが際立ってしまったのである。
あの大阪市長のレベルならこれも頷けるが、平沼さんや中山さんたちには可能な限り、早く彼らから離れて欲しいと思っている人も多かろう。

こちらも前項で触れた過去記事(過去記事へのリンク)に書いたことだが、日本人は「改革」、「維新」、「打破」、「交代」といった言葉に非常に弱い。

これは行き詰った時にとりあえず投げ出してリセットしようという安易な方向に逃げる性向であって、決して褒められる点ではない。

先程の野田氏の「改悪」を「改革」と都合よく言い換えてしまう例も含め、現状から何かが変われば良くなるというものでもないのだ。
その変化の内容が良ければいいが、それを精査せずに、ただ変化という点だけに価値を求めることは慎むべきだろう。
それでは「反動!」と叫べば良いと思っている赤いヘルメットの連中と同じだ。
これは日本人が常に肝に銘じておくべきことである。

(4) 原発をはじめする原子力、核技術について

これは一見関係ないと思われる前項「(3) 改革、維新、打破、交代、といった古い言葉遊びについて」書いた事にも、根っこの方で関連することだ。

「脱原発」も「卒原発」もどちらもどうでも良い言葉遊びであって一種の詐術である。
こういう言葉を前面に出す人間ほど胡散臭いペテン師であることは、今回の選挙戦を見ていれば実に良く分かっただろう。
更に「今すぐ原発撤廃」などと言う言葉は、原発そのものを何も知らない阿呆の言葉であって採り上げるのもバカバカしいが、福島第一原発を見ても判るように、「今すぐ」撤廃などやろうと思ったって不可能なのである。
不可能なことを訴えて票を集めようとしているのだから、正真正銘の詐欺師だ。

「脱」にしても「卒」にしても、これも以前書いたように(http://storymachine.blog65.fc2.com/blog-date-201207.html)非常に長い目で見れば何を言わなくても自然と現在の原子力発電の手法から別の発電方法へ移行していくだろうから、これを現段階で「脱」と言おうが「卒」と言おうが、最初から何も言わなかろうがどうでもいいのである。
更に「反」などは単なるイメージの表明でしかないのであって、あんたの気分など表明されても聞かされる方は迷惑なのだ。

もしも原発について、「危険な事故をおこす可能性があるから」やめてしまえというのなら、同時に「脱自動車」や「脱バイク」だっていいし、「脱通勤」「脱家事」も「脱トンネル」も「脱支那人が運転する高速バス」もついでに訴えれば良かった。
「バカバカし~っ」と言われるだろう。
そう、実にバカバカしいのである。
発狂して「脱原発」やら何やら絶叫していた連中が軒並み落選したことを見ても、この国の多くの人々には、そんなバカの戯言に踊らされないだけの「常識」も「良識」もちゃんとあったということだ。

つまり「本当のバカ」は絶叫して立候補していた連中だけだったということ。

原子力発電について、特に福島第一原発をはじめとする古い外国製の原子炉と施設については暫時、最新のものに転換していく必要は当然ある。

原発事故そのもので亡くなった人が一人もいないのに「未曽有の大事故」と、反原発論者がやたらと吹聴する福島第一原発の「津波による電源喪失事故」をよく考えてみたい。
巨大地震の揺れではビクともしなかった福島第一原発なのに、他の原発について「活断層の可能性が無いとは言えないかもしれない」断層の話を結び付けて幼稚なすり替えを日々、続けている劣化マスコミをはじめ、彼らの情報操作、心象操作にやすやすと引っかかってしまう人々に言いたいのは、前項(3)で書いたように、「現状から何かが変わればそれで良し」と安心してしまう性向は改めた方が良いということだ。

我が国の原子力技術は言うまでもなく世界トップである。
これは原子力技術において、産学一体で努力を重ねてきた多くの日本人の努力の結晶だ。
世界的視点から見ても、今後も、原子力技術は常に前進させなければいけない。
特に原子力・核技術の平和利用の最たるものである原子力発電についてはなおさらである。
なぜなら福島の津波による電源喪失による事故が示しているように、まだ完全とは言えないレベルの技術だからだ。

全ての物事において最低・最悪かつ安易な対処方法は「やめる」ことである。

現在の技術に種々の問題があるのならば、それは常に前を向いて解決するべく前進すべきで、この力こそが現在の日本を世界の中でここまで持ち上げてきた原動力なのだ。
現在、安易に原子力技術に対して悪いイメージを植え付け、「脱原発」を煽っている連中は、結局そこに別の利権があるから煽っているのである。
また同時に、これまで我が国が心血を注いで築きあげてきた原子力技術を、「バカな日本人がヒステリーを起こして原子力技術を手放すように工作し、自ら手放したところをごっそり盗んで横取りしてやるニダ」と企む反日国家が近隣にウヨウヨしていることを忘れてはならない。

今回の選挙で、「反」「脱」「卒」原発を叫ぶ候補者の顔をみて、どういうツラした連中がこういう手合いの手先なのか、よく分かった。

(5) 「国防軍」という表現を巡って騒ぐバカ
まず、現在の「自衛隊」を日本語以外でどういう単語表記しているか調べてみると良い。
そして「国防軍」という言葉を各国語でどう表記するか考えてみると良い。
つまりは同じことなのだ。
なのになぜ、これを持って「自民党政権が戦争を始めようとしている」「ミサイルを発射できる国にしようとしている」とバカな頭で勝手な妄想を自分で作り出して大騒ぎするのか。
本物のバカなのか、それとも反日国家の手先となっている連中なのかと疑わざるを得ない連中がそこいらに結構いる。

そもそも、日本語で「警察予備隊」も「自衛隊」も実質は軍隊であるのに、「軍」という語を入れずになんとか誤魔化してやってきた苦渋の選択の結果なのであって、別に「隊」と表記しようが「軍」と表記しようが中身はなんら変らないのだ。

私は今でも海外で表記されるように、ごく普通に「日本軍」「日本陸軍」「日本海軍」「日本空軍」と表記すべきだと思うが。

自分たちは迷うこともなく自国の「軍」を前面に出してアピールしている反日国家であるシナ(CHINA)と朝鮮(北と南)の反応は見なくてもおおよそ分かる。
つまりそのくらい我が日本に対しては単細胞な型通りの対応を毎回決まって繰り返すしか能のないコンプレックス国家だから。

早速、そんな海外の反応が出たので一例を。
支那人、鬱々と、
2012/12/17 MSN産経クリップ02
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http://sankei.jp.msn.com/world/news/121217/chn12121710260001-n1.htm

朝鮮人、大発狂!
2012/12/17 MSN産経クリップ03
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http://sankei.jp.msn.com/world/news/121217/kor12121711300002-n1.htm

それに対して台湾人は、「期待!」
2012/12/16 MSN産経クリップ01
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http://sankei.jp.msn.com/world/news/121216/chn12121623070007-n1.htm

つまりこれが周辺国の真の姿。
本当の友人たる台湾は、日本が当然の主張をする「まっとうな」政権になったことを歓迎し、対して、これまで自分たちの思うがままに操縦できた民主党政権の大惨敗に慌てふためいて、発狂して大騒ぎする(特に朝鮮人は顕著)。
人間の出来がここまで違うかと思うと実に興味深い。

そして、彼らの意のままに日本国内に情報を流すことを命ぜられている反日マスコミは、こぞって「戦争」「危険な」「緊張関係が」などという語を乱舞させて、気の弱い日本人の不安感を煽る戦術に出て来るだろう。

全ては仕組まれている情報戦略だ。
そういう情報戦に強くなることも、これからの日本人に求められている要素なのだ。

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