電力不足に脱冷房の必要性を思う

私は今まで自宅にも自家用車にも冷房(クーラー)を取り付けた事がない。
昨夏の猛暑の頃から「緑のカーテン」については盛んに採り上げられるようになったが、我が家では既に7年前から本格的に南の外壁面を緑のカーテンで覆っていて、少なくとも1階の居室では単なるやせ我慢ではなく真夏でもどうということはない。勿論、地方・地域によっては緑のカーテンくらいでは効き目がない事もあるだろうから一概には言えないが、このような家のつくりや日々の工夫で出来る節電もあるのだ。夏の電力の半分が冷房で消費されていることを考えると、冷房の是非については、もう少し国家規模で対策を練る必要がある。なぜなら(以前にも書いたが)半世紀も前には、一般の住宅には冷房など入っていなかったし、それが原因で死ぬ人などいなかったからだ。これは、日本が冷房を前提とした住居や町づくり、インフラ整備を行ってきた事が背景にあると思われる。国家規模で冷房を止めれば、間違いなく外気温は下がる。そして産業にも影響を及ぼすことのない電力が現状でも確保可能となる。もちろん、そのためには道路舗装や建築の仕様など、「脱冷房」の町づくりをする必要があるが、それは何も難しいことではない。本来の日本伝統の町並みに戻せば良いだけの事だ。本来、建築や町並みというものはその気候風土があって形作られてきた。それが全国各地の土地ごとの町並みを生み出していたのであって、それが地方色となった。現在の日本で、全国どこへ行っても新しく建てられた建築に地方色が全く失われてしまったのは、結局、前述のような空調設備前提のシェルターカプセルとしての性格しか持たなくなってしまったからなのである。これが良いことなのかどうか。

そして、自分の記憶が定かな範囲で過去を振り返り、現在の生活を見直すと冷房以外にもいくつも問題点が見えてくる。
一例として店舗の定休日がなくなったことや営業時間が無駄に長い事の是非が挙げられよう。
コンビニは勿論、デパート・スーパーなどの大型店舗の定休日がなくなり、営業時間が20時とか21時などとなったのは、せいぜいこの15~20年くらいのことだ。あれほどの規模で使われている冷蔵冷凍庫や冷暖房、照明などの電力がどれほどのものなのだろう。コンスタントに週1日の定休日を設け、営業時間を19時くらいまでに戻すだけでも全国規模ではそれなりに節電となるだろう。勿論、石原慎太郎都知事が指摘したパチンコ屋、自動販売機の件も重要だ。
そして核家族化や子供の個室の是非などを考え直すいい機会になる。
「脱原発」やら「自然エネルギー」が一部の人間の私利私欲に利用されるだけであることは今日は繰り返さない。
直視すべきは、今、我が国は東北に多くの困窮する人々を多く抱えているということだ。いまだに震災前の生活に戻れる道筋さえ見えない状況の人々が沢山いる状況で、今、この時期に「脱原発」「反原発」も「自然エネルギー」も、何の役にも立たない理想論であるということだ。今、考えるべきことでもないし、その必然性もない。考えるべきは、日本を守るために如何に電力を維持するかであって、その方向性を阻害する詭弁家達の嘘を見抜き、徹底的に指摘し続けることだ。
今、日本国民に求められていることはもっともらしい詭弁に騙されることではない。
何をすべきか思い当たらなくても、具体的な節電効果のある行動を家庭の中や職場など、日常の生活で実行することは誰でも出来る。
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