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間接侵略からの民間防衛

民間防衛


画像の本については、話題にするには今さらながらな感もある。

スイス国政府が民間防衛の心得として、全戸に配布したマニュアル本だが、その微に入り細に入りの内容と、以下のような間接侵略に関するくだり(「戦争のもう一つの様相」)が現在の我が国の状況と酷似していることが話題を呼び、もうかなり前から話題となっていた本である。

【以下引用】

戦争のもう一つの様相

 戦争のもう一つの様相は、それが目に見えないものであり、偽装されているものであるだけに、いっそう危険である。また、それは国外から来るようには見えない。カムフラージュされて、さまざまの姿で、こっそりと国の中に忍び込んでくるのである。そして、われわれのあらゆる制度、あらゆる生活様式をひっくり返そうとする。
 このやり方は、最初はだれにも不安を起こさせないように、注意深く前進してくる。その勝利は血なまぐさくはない。そして、多くの場合、暴力を用いないで目的を達する。これに対しても、また、しっかりと身を守ることが必要である。
 われわれは絶えず警戒を怠ってはならない。この方法による戦争に勝つ道は、武器や軍隊の力によってではなく、われわれの道徳的な力、抵抗の意志によるほかない。

「敵はわれわれの抵抗意志を挫こうとする」234頁

 「核武装反対」(それはスイスにはふさわしくない。)
 「農民たち!」(装甲車を諸君の土地に入れさせるな。)
 「軍事費削減のためのイニシティブを」(これらに要する巨額の金を、すべてわれわれは、
   大衆のための家を建てるために、
   各人に休暇を与えるために、
   未亡人、孤児および不具者の年金を上げるために、
   労働時間を減らすために、
   税金を安くするために、
   使わなければならない。
   よりよき未来に賛成!)
 「平和、平和を!」(平和擁護のためのグループ結成の会)
 「汝 殺すなかれ」(平和のためのキリスト教者たちの大会 婦人たちは、とりわけ、戦争に反対する運動を行わなければならない。)

「自由と責任」237頁

 民主主義は個人の意見を尊重する。これが民主主義の最も大きい長所の一つである。
 民主主義国家では、個人の私的な言行にまで介入することはない。報道、ラジオ、テレビは自由である。各人は、自己の気に入った政党を選ぶことができる。“自由”が空虚な言葉でない国、自由の内容がちゃんと充実している国では、このようになっている。
 しかし、国家は共同社会を守らなくてはならない。そのため、国家は、特にスパイ行為と戦う義務を持つ。スイスには思想に対する罪というものはないが、しかし、われわれの防衛力を弱めようとする連中は、監視しなければならない。内部から国を崩壊させようとする作業が、公共精神を麻痺させる者によって企てられる可能性が常にある。
 自由はよい。だからといって、無秩序はいけない。
 故に、国家的独立の意志をなくしてわれわれを弱体化させようとするイデオロギーに対して、人々の注意を喚起する必要がある。教育者、政党、組合、愛国的グループなど、世論に影響を及ぼす立場にある人々は、すべて、みずからの責任を絶えず自覚しなければならない。

「経済的戦争」244頁より

 ある大国元首の「政治的告白」の、もう一つの抜萃:
 われわれの経済的・社会的制度は、いつかは、われわれが世界を征服し得るほど優越している。世界征服が、われわれの目的なのだ。だから、われわれの計画の実現に反対するものは、すべて排除する。
 世界を征服するということは、われわれが敵に宣戦を布告し、わが軍をもって敵を粉砕するしかないというわけではない。われわれには、同じくらい効率的で、もっと安くつく方法がある。
 まず、われわれの物の見方にまだ同調していないすべての国において、われわれに同調する組織を強化拡大せねばならない。そして、地球上のすべての国々において、われわれの同調者たちに、その国の権力を少しずつ奪取させねばならない。
 同調者たちがそれに失敗した国では、われわれは永久革命の状態をつくり出す必要がある。混乱の中で、経験と訓練を積んだわれわれの同志は、だんだん頭角を現していくだろう。
 革命が困難と思われる国においては、われわれが差し出す有利な条件を受け入れようとする、その国の労働者階級の絶望と空腹の状態を、充分に活用しよう。
 最も経済効率の高い戦法、つまり、最も安あがりのやり方は、常に、あらゆる方法で、その国を経済的沈滞───不景気に陥れることである。腹のへった者は、パンを約束する者の言うことを聞くのだから。

【以上引用】


「スイス、スゲェなぁ」と感嘆するもの良いが、しかし民間防衛及び防災について、常日頃から意識し、出来得る準備を常にしておく必要があるのは我が国でも変わらない。

我が国は先の大震災でも証明されたように、防災については、まず間違いなく世界のトップであろう。東日本大震災と同じレベルの災害に遭遇し、被害についても、そこからの復旧においても、我が国と同じレベルで対処できる国家が世界中に他に存在するだろうか?

ちなみに私は小学校・中学校ともに「災害対策モデル校」に指定されたところに在籍していた。お陰で、ちょっとした地震でもすぐに一次避難行動・・・「机の下など、自分がおかれた状況の中で最短距離の安全な場所にもぐり込む」、そして二次避難行動・・・「強い揺れが治まったのを確認したら、速やかに、かつ整然と指定避難場所に集合」、そして人員点呼確認・・・と続くわけだから、中学生の私としては、そのたびに授業が中止になるため、内心大喜びで避難していた記憶があるのだ。また、スポーツが盛んな地域であったから、何から何まで競争して一番になってやろうという意識が学校全体にあって、各クラスごとに人員点呼終了までのタイムを競いあっていたことを懐かしく思い出す。

しかし、こと「防衛」になると話は全く違ってくる。自衛隊に於いてこそ隊員のレベルや装備の質には世界にも胸を張れるが、隊員数、装備等の量的な事に関しては全くもって不足の極みであるし、「民間防衛」となればおそらく世界最低レベルかもしれぬ。学校教員に於いてはまさに惨憺たる状況で、我が国の防衛について聞いた覚えもなれければ、我が国を取り巻く周辺国がどんな軍事状況なのかも知らず、竹島が朝鮮人に不法占拠されていることも、北朝鮮による拉致事件のことも、北方領土がいまだにロシアに不法占拠されていることや、頻繁に露軍用機が領空・侵犯していること、そして我が国の漁師たちが、どれほど不法に拿捕されて投獄されたり、中には命を落とした者まで沢山いることもしっかり時間を割いて教えられたこともない。私の子供時代とは年代が違うが、おそらく今でも支那人が尖閣列島を「核心的利益」と言ったり、日本海で勝手に石油を採掘していたりしていることも、おそらく学校ではちゃんと教えられてはいないのだろう。安倍晋三元首相のおかげで教育基本法がようやく改正されたとはいえ、教育現場で、本当の意味での「防衛」についての教育が実際に行われるのには、まだまだ時間がかかりそうだ。

とはいえ、現実的には民間レベルの「防災」と「防衛」は一部、通じる部分もあるため、たとえ本当に我が国が軍事的な戦争状態に陥った場合でも、民間人が落ち着いて行動出来る資質を持っているのは、ある意味、我が国の「防災」教育の副産物と言えるのかもしれない。

しかし、本来の「防衛」と言うものは、「攻撃され、侵略されてからどう対処するのか」だけではなく、「攻撃される隙を相手に与えない」、あるいは「侵略しようと企む者を未然に撥ね退ける」事が防衛なのだ。そして、今の時代「攻撃」「侵略」を企む兵士は、必ずしも軍服を着て、国旗を掲げてやってくるわけではない。むしろ、それは戦争の最終局面の状況なのであって、実際の「攻撃」「侵略」は目には見えない形を取って行なわれているからこそ、独自の防衛意識が必要となるのだ。その攻撃方法は古くは「トロイの木馬」である。現在でも少々手法と道具が変わっているだけで、本質的な部分はあまり変わっていない。「友好」という名の看板を下げて送り込んだものの中に仕込んだものが、内部から相手国を徐々に変質させ、侵略の下地を作り上げていく。相手国に戦意を消失させ、軍事的な侵略のベースを作り上げていくのだ。このあたりの事は上記に紹介したスイス政府の「民間防衛」にも詳しく書かれている。つまり現在の強力な兵器を使った軍事侵略は侵略する側にも大きなリスクを伴うことから「軍事的に手を下すことなく結果的に侵略したのと同じ状況にする」という形の戦争に様変わりしただけの事なのだ。いわば、そういった形の戦争(攻撃、侵略、占領)は、現在、世界中のあらゆるところで今、この瞬間も進行中なのであって、目に見えない戦争は、第二次大戦後、一度として終了することなく常に続けられて来たのである。
分かりやすい例として、日本が自国の産業が衰退することをわかっていながら、米国の利益になる郵政民営化やTPPを受け入れる、といった時の状況がある。これは、通常、健全な独立国ならあり得ないことだが、戦後GHQが去っても事実上、米国から侵略・占領され続けている我が国にしてみれば当然の結果である。米国は軍事的な占領という形を取り続ければ、いずれ何かのきっかけで日本国民が米国軍相手に軍事蜂起し、内戦状態になって米兵に多大な犠牲が出る事が分かっているのだ。だから、同等の経済的な利益を日本から吸い取れるならば、軍事占領などという旧時代の野蛮な愚策よりも、現在のように目に見えない形の占領をした方がずっと安上がりなのである。そして、米国内での自国民の反発も受けずに済むから日本に対してはそのようにしているというだけの事なのだ。
前述のTPPに関して米国の目に見えない占領政策の最近の一例を挙げるならば、普通は我が国の国民がこれによって経済的な打撃を受ける事を知っているのなら、それに反対するのは日本国民なら当然の事なのに、逆に米国の利益になるような事を日本人が自ら選択するよう、巧妙に情報工作が仕掛けられている。日本国内で日本人の中から「これは我が国にとって大きなチャンスだ」「今、決断しないと世界に乗り遅れる」「国から保護されて、一年の半分も仕事をせずに海外旅行に行って遊んでいる農家のせいで我々消費者は高い米や野菜を買わされている。もっと日本の農家は国際的な競争にさらすべきだ」などというもっともらしい事を発言する「識者」「街の声」がメディアによって頻繁に垂れ流され続けるのだ。しかし、その「大きなチャンス」は日本国民のごくごく一部にしか訪れないことや「乗り遅れるどうこうよりも、本来乗らない方がいいのでは」という根本的なことや、「農業の体質改善が必要な問題は国内の問題であって、TPPによって云々すべき問題ではない」という当り前なことについてツッコミを入れる者は一人として登場しない。テレビの前でぽかんと口を開けてそんな画面を眺め続けている人は、街を歩いている時にテレビ取材などを受けてマイクを向けられれば「そうですねぇ、TPPは日本にとっても大きなチャンスだと思うんです。政治家が政争に明け暮れて判断を出来ずに乗り遅れてしまえば、我が国にとって将来に禍根を残す結果になるんじゃないですか。そもそも、反対しているのは農家と彼らの票が欲しい政治家だけでしょ? だいたい彼らは今まで関税で守られて暢気に暮らして来たんだから、少々気を引き締め直すきっかけになっていいですよ」などと「したり顔」で言っちゃうかもしれないのだ。米国にとっては腹を抱えて大笑いだろう。日本人の顔をした米兵が、こうして米国人の為の利益を誘導するように、日本国内からありとあらゆる傑作な意見を発して「国内世論」を形成すべく大活躍してくれているのだから。

まあ、この話は亜米利加をネタにしたが、同じことは支那も朝鮮も露西亜も同じである。
TPPに関して言えば「TPPに参加しないとシナ(CHINA)の勢力下に我が国が組み込まれる」などというとんでもなく飛躍した意見まで「識者」から発せられるのだから、もう何が何だか、なんでもありの情報戦総攻撃なのである。

だが、こういった情報を用いた間接侵略に対して、我々日本国民が出来る民間防衛として心得るべき点は、実は結構、単純なところにある。古くから「甘言に騙されるな」という言葉があるように、情報戦の基本はまさにそこにあるのだ。なんとなく耳障りの良い言葉、自分にとって都合の良い言葉、自分が得をして良い思いが出来るようなことを言ってくる人物には大概注意すべきなのである。国家レベルで言うならば、ある特定の国について、ちゃんとした現実的な根拠もないのに、急に不自然な持ち上げられ方をしているときには、まず間違いなくそこになんらかの間接的な侵略意図が隠されていると見て間違いないだろう。言うまでもなく、日中国交正常化前後からの、不自然なシナ(CHINA)あげ情報操作の一環としての「パンダ人気」「シルクロード・ブーム」「残留孤児」はまさにその通りだった。今の「韓(朝鮮)流ブーム」「朝鮮ポップ」「新大久保」「生・姜尚中の“私は差別された可哀そうな出自。でも今は東大教授”」とか、古い所では学級文庫としてなぜかどこのクラスにも常備されていた「はだしのゲン」の登場人物、「親切な朴さん」などもそれである。朝鮮の例はあまりにも知的レベルの低い情報工作なのでお話にもならないが、国家レベルのこうした情報操作による侵略意図はそれでもまだ警戒されやすいし発覚しやすい方なのだ。一番厄介で面倒くさいのが、日本人のフリをして国内の情報操作による間接侵略をする例である。これは、なかなか分かりにくい。良く知られた話では、「週休二日制」等は休みが多くなるからと、疑うこともなく喜んだ御仁も多かろうが、あれが日本のGDPを下げる目的で米国から仕組まれた戦略であったことには今ではなんとなく気が付いた人も多かろう。少し前に自動車のCMで「子供の誕生日に有休とっちゃう。これってアリ?」とかいうくだらぬヤツがあったが、ああいう程度でもなんとなく引っかかってしまう馬鹿がいたりするのだから、日本人はいかにも警戒心がなさすぎるのだ。そういう例は枚挙にいとまがない。一般大衆に「権利」というエサを握らせ、あとは各人がその権利を主張し、一見、徳をしているように思わせておいて、実はその背後でごっそり足元をすくってしまうというやり方はコミンテルンをはじめ共産主義による支配を企てる勢力のお家芸だったが、同じ戦略を今では世界中のありとあらゆる腹黒い連中が使っているのだ。

世の中の常として、他人が話しかけてくる、耳障りの良い言葉には、実は裏があるのではないかと疑おう。そして自分自身が他国からの日本を弱体化させる間接侵略作戦に利用されているのではないかと常に自問したい。
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